大阪高等裁判所 平成11年(ネ)2987号 判決 2000年5月19日
東京都<以下省略>
甲事件控訴人・乙事件被控訴人
日興證券株式会社
(以下「第一審被告」という。)
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
宮﨑乾朗
同
松並良外一一名
兵庫県<以下省略>
甲事件被控訴人・乙事件控訴人
X
(以下「第一審原告」という。)
右訴訟代理人弁護士
正木靖子
同
亀井尚也外一七名
主文
一 本件各控訴をいずれも棄却する。
二 甲事件に関する控訴費用は第一審被告の、乙事件に関する控訴費用は第一審原告の各負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 第一審被告
1 原判決中、第一審被告の敗訴部分を取り消す。
2 第一審原告の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。
二 第一審原告
1 原判決を次のとおり変更する。
2 第一審被告は第一審原告に対し、金一三二万四七〇〇円及び内金一一七万四七〇〇円に対する平成四年一一月一四日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。
第二事案の概要
一1 本件は、第一審原告が第一審被告に対し、第一審被告従業員の違法な勧誘行為によりワラントを購入させられて損害を被った旨主張して、民法七〇九条又は七一五条に基づき損害の賠償を求めている事案である。
2 原判決は、第一審被告従業員がなした本件ワラント取引勧誘には説明義務に違反する点があったとして第一審被告に使用者責任(民法七一五条)を認めたが、第一審原告の側にも五割の過失を認め、第一審被告に対し、本件ワラント購入代金の半額(五八万七三五〇円)及び弁護士費用の範囲で損害を賠償するよう命じた。
3 第一審被告、第一審原告の双方が以下の理由で本件各控訴に及んだ。
(一) 第一審被告の控訴理由の要旨
(1) ワラント取引において、仮に説明義務が認められるとしても、その内容は株式取引とは異なったワラント独自の危険性の説明で足り、その内容は原則として、①ワラントの値動きの激しさと、②期限が来ればワラントは無価値になるという二点の説明で足りるものと解される。
(2) 第一審原告の投資経験等に照らすと、第一審原告は通常人以上の知識・能力を有していたといえるから、本件では説明義務の範囲・程度がむしろ軽減されるべきであり、第一審原告に対し、右二点の説明が尽くされている以上、説明義務が尽くされているというべきである。
(3) ところで、原判決は右二点の説明にとどまらず、「ワラントの価格構成の特殊性、とりわけ、ギアリング効果が明確に働くのは理論価格のみでプレミアムに対しては必ずしも働かないこと。ワラントの価格が権利行使価格を上回る見通しがある場合にのみ投資の意味があること。」等にまで説明義務を負う旨判示する。
しかし、投資家の大半は権利行使など予定せず、転売によって利益を上げることを目的としており、しかも、ワラントの価格は株価動向や値上がりの期待等の思惑によって時々刻々と変化するものであるから、その価格構成要因まで知ることが必要であるとはいえない。また、当該ワラントがプラスパリティかマイナスパリティかが重要であるとも必ずしもいえない。
株価が上昇するとワラント価格についても上昇の思惑が働くから、プレミアムについてギアリング効果が働かないというのは早計である。権利行使期間が終わりに近づくとワラントの取引量が少なくなるのは、バブル崩壊後株式相場が低迷したためで、行使期間の長短が必ずしも重要であるとはいえない。
したがって、原判決が指摘する点にまで説明義務が及ぶとはいえない。
(二) 第一審原告の控訴理由の要旨
(1) 本件のような取引型不法行為の事案において、加害者が過失相殺を主張することは信義則に反して許されるものではない。
(2) 第一審原告は証券取引の知識・経験に乏しい素人である。一方、第一審被告は証券取引の専門家であり、難解な商品に関する価格情報を一手に握り、知識・情報量において第一審原告との間には圧倒的格差のあったことが明らかである。
(3) 第一審原告が第一審被告の従業員に詳細な説明を求めたり、自らワラントについて研究しなかったのは、右従業員がワラントの利益面のみを強調し、いいかげんな説明を行ったことによる。
(4) また、第一審原告が説明書に基づく説明がなされたことがないのに確認書に署名・捺印したり、その後、お預かり残高明細を見て電話した際、強く抗議しなかったのは第一審原告が大手証券会社である第一審被告や、その従業員を信頼していたからに外ならない。
(5) 本件は、右のように知識・情報量等で圧倒的優位にあった第一審被告が、第一審原告に対し、ワラント取引の利益面のみを強調するという不公正な方法でワラント取引に誘い込んで損害を与えたという悪質な事案である。
このような事案において軽々に過失相殺を認めることになれば、善意の弱者に苛酷な責任を負わせる不公平な結果を招き、結果的に違法行為を容認することにもなるから、相当ではない。
二 争いのない事実、争点等は原判決の事実及び理由第二記載のとおりであるからこれを引用する。
第三当裁判所の判断
一 当裁判所は、第一審被告の従業員に説明義務に違反する点があったとして第一審被告に使用者責任を認める一方、第一審原告側にも五割の過失を認めて、過失相殺を行った原判決は相当なものであると判断する。その理由は以下に付加等するほか原判決の事実及び理由第三記載のとおりであるから、これを引用する。
二 原判決三九頁文末の次に行を変えて以下を加える。
「 なお、第一審被告は『①投資家の多くは権利行使価格で株式を取得することを予定せず、ワラントを転売して利益を得ることを目的としている。したがって、ワラントの投資価値が将来株価が権利行使価格よりも値上がりする見通しを前提に成り立つなどということは誤りである。②ワラントの価格形成過程を的確に把握することが困難であるという点についても、株式取引の場合にも同様のことがいえるから、ワラント独自の特性であるとはいえない。』旨主張する。
確かに、投資家の多くは巨額の資金を使って株式に変えることなど予定しておらず、ワラントのままで転売して転売利益を得ることを目的としているものと認められる。したがって、仮に株価が権利行使価格を上回ることがなくても、ワラントの取得価格が低く、かつ、短期で売り買いを行えば利益を確保することが可能な場合があることは否定できない。しかし、一般的にはワラントが値上がりするには株価が権利行使価格よりも値上がりするとの見通しが立つことが不可欠であるので、ワラントの一般論として前記(原判決引用部分)のように述べることが誤りであるとはいえない。
また、ワラントには権利行使期間という制約も加わるため、その価格予測は株価の予想に比べて、なお一層複雑なものとならざるを得ない。元々プレミアム部分には客観的裏付けがないうえ、右のような制約も加わるため、プレミアム部分の大きいワラントはその価格の把握がより困難になるものと解されるから、前記説示もワラントの一般論として誤りであるとはいえない。」
三1 原判決五五頁四行目「また」から同五六頁五行目文末までを削除する。
2 原判決五六頁一〇行目の次に行を改めて以下を加える。
「3 第一審原告は『Bから電話でワラントの勧誘を受けた際、ワラントの性格や権利行使期間等の説明は受けていない。Bがワラントに投資するに当たり権利行使に関する事項を必ずしも理解しなくても良いとの認識でいたことは原審での証言からも明らかであり、このようなBの認識・態度から考えても、第一審原告に対し、権利行使期間等の説明を行ったという同人の証言は信用できない。』旨主張する。
しかし、この点に関する第一審原告の供述(陳述書(甲B第四号証)を含む。)が容易に信用できないことは前記のとおりである。
しかも、ワラント取引を開始する場合、顧客から確認書(乙B第三号証)等を得なければならず、右確認書は「国内新株引受権証券取引説明書」及び「外国新株引受権証券取引説明書」と一体をなしている。
これらの説明書にはワラントの特徴・危険性が分かりやすく記載されており、仮にBがワラントの勧誘を行うに当たり、同説明書に記載された内容の説明を行わなければ、後に顧客から確認書を得る際に苦情等の出ることも予想されるから、右説明を全く行わないなどということは通常考えられない。
以上の点に、Bの原審における証言内容が比較的率直なもので、特に不自然な点も見当たらない点等を考慮すれば『権利行使期間等について説明した。』旨のBの証言は十分に信用できるものである。」
四 原判決六一頁五行目の次に行を改めて以下を加える。
「(三) 第一審原告は『零細な旅行案内所の経営者で、年収も五、六〇〇万円に止まり、証券取引の知識・経験も豊富とはいえない第一審原告に対し、事業資金として予定された一一七万余円をワラントのような難解で危険な取引に投資するよう勧誘することは適合性原則に反することが明らかである。』旨主張する。
しかし、第一審原告は前記のとおり大学の経済学部を出た後、自営業者等として豊富な社会経験を積み、現物株の取引経験等も有していたのであるから、ワラント取引が持つ危険性等を理解できる能力を有していたものと認められる。また、その投資資金も事業資金として予定されていたとはいえ、差し迫って必要なものではなく、投資金額も一一七万余円に止まっているから、Bが第一審原告に対し、本件ワラント取引の勧誘を行ったことが適合性原則に反するとまではいえない。」
五 原判決六五頁一〇行目から六九頁一〇行目までを以下のとおり変更する。
「 ところで、第一審原告が従前投資の対象として購入していた金融商品とワラントとの最大の相違点は①ワラントには比較的短い権利行使期間が定められ、右期間を経過すれば全く無価値となる点及び②その値動きの激しさにあるものと認められる。第一審原告が購入していたのは現物株や投資信託であり、ワラントとは質的に異なるものであるから、第一審原告を従前とは異なった危険を伴う取引に勧誘する以上、第一審被告は第一審原告に対し、右ワラントの危険性について十分な理解を得るべき信義則上の義務を負うというべきである。
(2) Bはワラントの購入を勧誘した経緯につき、『①平成三年五月二九日、第一審原告に電話をして株式市場全般が下げ基調でこのまま投資信託を持っていても短期間で値上がりを期待できず、別なものに買い換えた方が良いかも知れないと伝えた。②すると、第一審原告から「一カ月位で損失を取り戻すことができるものはないか。株はどうか。」との質問を受けた。③そこで、「日東電工の株が好業績に支えられて値上がりを続け、同年五月一〇日に年初来最高値の一八八〇円をつけて現在の株価が一七三〇円位になっているので今後も値上がりを期待できる。」旨説明した。しかし、第一審原告には同社の株を購入できるだけの資金がなかったため、権利行使期間等のワラントの仕組み等を説明したうえ、少ない資金で購入ができ、投資効率の良い日東電工ワラントの購入を勧め、即座に第一審原告がその購入を決意した。』旨原審で供述する(陳述書(乙B第六号証)を含む。)。
(3) 右Bの供述等によれば、同人は株式市場の見込みが芳しくなかったため、投資信託では損失を取り戻して利益を得られる見込みが薄いと第一審原告に買い換えを勧め、右投資信託で生じた四万円程度の損失挽回策として日東電工株の購入を勧めたものの、第一審原告に株式を購入するだけの資金がなかったことから、株式よりも投資効率のよい金融商品としてワラントの購入を推奨し、第一審原告もこれに応じて即座に購入を決意したものと認められる。
(4) 第一審原告にワラントの危険性を理解し得る能力があったことや、権利行使期間等の説明がなされたことは前記のとおりである。しかし、Bの供述等によってもワラントの勧誘等は電話で行われ、その時間も二〇分程度に過ぎなかったというのであるから、話の流れや、電話での会話の時間、さらには、第一審原告が即座にワラントの購入を決断している点などから考えて、話の内容の重点は、専ら日東電工株の有望性や、ワラントの経済的効率性にあったものと推認でき、その危険性、即ち、権利行使期間等の危険性の説明は付随的で形式的なものであったと考えざるを得ない。このような説明方法では、一般投資家がその有利性のみに気を奪われて、ワラントの危険性に十分な思いが至らないことにも無理からぬところがある。以上の点に、第一審原告にワラント取引や信用取引の経験がなかった点等を考慮すれば、このような説明の仕方ではワラントの危険性の説明としては不十分なものであるといわざるを得ない。
(5) 確かに、第一審原告が事後に確認書(乙B第三号証)を差し入れている事実が認められる。しかし、右時点では既にワラントの購入が既成事実となっていたから、右事実をもって説明義務が尽くされたということはできない。むしろ、第一審原告はBから確認書等を送付されても容易に返送せず、三度目にようやく返送しているのであり、Bの電話での説明が十分に第一審原告に伝わらず、第一審原告が確認書等の重要性について十分認識していなかったことを裏付けるものということができる。また、第一審原告が平成三年九月三〇日付の残高証明書から、本件ワラントの価格が購入時より半減していることを知り、Bに電話で苦情を述べたり、権利行使期間が経過する前に本訴に及んでいることからも同様のことがいえる。」
六 原判決六九頁一一行目冒頭の「(三)」を「(6)」と訂正する。
七 原判決七二頁九行目「その価格形成要因等」から同七三頁一行目の「推測することもできないから」までを「右時点では既に購入価格を大幅に下回っており、また、将来その価格が回復する見込みがないと予想することも困難であったため、第一審原告に右時点で本件ワラントの売却を期待することはできないから、」と改める。
八 原判決七五頁九行目の次に行を改めて以下を加える。
「 なお、第一審原告は『本件は、第一審被告がワラント取引の利益面のみを強調して、第一審原告に損害を与えた事案であり、このような事案において過失相殺を認めることは相当でない。』旨主張する。
しかし、Bが第一審原告にワラントの購入を勧めたのは日東電工の株式が有望であると考えたものの、第一審原告に株式を購入するだけの資金がなかったことによる。そして、Bが右日東電工の株式が有望であると考えたのは、その業績の好調さや、前後の株価の値動きに基づくのであるから、それなりに合理的なものであったということができる。また、株価上昇の見込みが立てばワラントの価格も通常上昇するから、ワラントを勧めたことにもそれなりの合理性があったといえる。本件の問題点は、第一審原告にワラントの購入を勧めるに当たり、その危険性を十分に説明すべきところ、その説明方法が不十分であったことにある。
一方、第一審原告においても、株価が予期に反して下落する恐れのあることは当然覚悟すべきであるし、Bから一応ワラントの危険性についての説明も受けながら、その有利な点等にのみ気を取られ、通常、当然に伴う危険性への配慮を欠いたという大きな落ち度がある。
これらの点を考慮すると、過失相殺を行うことこそが公平にかない、過失相殺の許されない場合であるなどとは到底いえない。」
九 結論
以上のとおり原判決は相当であり、第一審原告、第一審被告の本件各控訴はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井筒宏成 裁判官 古川正孝 裁判官 和田真)